【報告】8/20 第3回東北未来カフェ 宮城県牡鹿郡女川町 町の復興、そして心の復興はいま?

第3回東北未来カフェ
宮城県牡鹿郡女川町 町の復興、そして心の復興はいま?

3回目となる東北未来カフェのゲストは、宮城県牡鹿郡女川町の一般社団法人「コミュニティスペースうみねこ」(以下、うみねこ)代表の八木純子さん。八木さんは女川町高白浜で生まれ育ち、現在は家族とともに石巻に住んでいます。

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“復興のトップランナー”として女川は?

今回は、震災から5年半経とうとしている女川での「復興」を2つの面から見ていくことにしました。
まず、TVや新聞など報道で語られている女川の現状。女川はよく“復興のトップランナー”といわれます。なぜそういわれるのか、報道と女川町の復興計画を見ながら、311ネットの有川がパワポでざっと解説しました。その内容の概略は以下のような感じです。

・女川町はいちはやく復興の方針を決めて動き出しました。
・計画は外部コンサルのみならず、町内の30〜40代の男性が中心となり今後のまちづくりを計画。
・住宅、商業施設、漁業関連施設のゾーニングを設定
→住居は高台へ(低地だった住宅地はかさ上げ10m以上)
→商業施設は海の近くへ(駅は約200m内陸)
→漁業関連施設は漁港近辺。
・高い防潮堤ではなくかさ上げを選択

工事もすぐに始まり、中心部のかさ上げはまだ続いていますが、復興のアイコンにもなる事業がいくつかすでに完成しています。

2015年3月21日 女川駅 再開
2015年12月28日 シーパルピア女川開業(駅前商業エリアにあるテナント型商店街)
2016年3月21日 石巻線全線開通
間違いなく、インフラについての復興は順調に進んでいるようです。漁協施設も映画「サンマとカタール」にあるように、カタール国からの援助による水産業用共用冷凍冷蔵施設「マスカー」が設置されました。

シーパルピア
(写真は駅前の商業エリアにオープンしたテナント型商店街シーパルピア。一番奥に女川駅が見える)

女川町のホームページに掲載されている復興計画には以下の記載があります。

【3つの基本方針】
<海の存在を最大限に生かす>
<もともとの地形を最大限に生かす>
<歴史的資産、被害を免れた公共施設等の資産を最大限に生かす>

この方針に基づいたまちづくりは着々と進んでいるように思えます。
しかし、人の気持ちはこのスピードについて行っているのでしょうか? いわば、心の復興はどうなのでしょう。この点について、続いて八木さんにお話しをいただきました。

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コミュニティスペースうみねこの歩み
コミュニティスペースうみねこ(以下、うみねこと略)は、発災当初から現在までの5年半の間にさまざまに活動の形を変えています。それは、常に「必要なときに 必要なことを」というモットーに基づいてのことです。

石巻で地震に遭遇した八木さんは自宅は無事。そこですぐに支援に回り、当初は乳幼児をかかえて避難所で苦労しているママたちをサポートしました。これが以前の団体名「ママサポーターズ」の由来です。
その後、避難所そして仮設で力を落としている高齢女性の生きがいを作ろうと、古着Tシャツを全国から集め、オリジナルの編み方で布草履を作りました。当時の価格一足1500円のうち1000円が編み手に入るというシステムでした。

次に取り組んだのは「場づくり」。仮設では集会所で集まって布草履を編みながらおしゃべりできるけど、在宅被災者は家があるので仮設の集会所は使えません。そこで、みんなが集まれる「うみねこハウス」というコンテナハウスを設置。ボランティアと女川の人びとの出会いの場ともなりました。

その後、八木さんたちは社団法人となり、「コミュニティスペースうみねこ」に改名。拠点を八木さんの実家があった高白浜に移します。全壊した実家で唯一残った納屋をボランティアの力も借りて改装し「ゆめハウス」としてオープンしたのは2014年4月でした。

ゆめハウスの周囲には、仕事を失った男性たちが活躍できるように果樹園を造成。収穫物のイチジクや唐辛子などでお母さんたちが加工品を作り、カフェも運営します。ゆめハウスは訪れた人たちの出会いの場にもなっています。
お父さん、お母さんたちから、今は石巻、女川の若者たちが次のステップに進めるように若手の雇用もはじめました。現在、ゆめハウスでは5名の若手が活躍しています。

心の復興にどう向き合うか
あの震災が変えてしまったもの。それは津波が壊した町だけではなく「心」も同様でした。
たとえば子どもたち。石巻も女川も海とともにある町だったので、子どもたちは海が大好きでした。しかし、あの津波の光景を目にして、海に近づくことができなくなった子どもも多かったのです。「バイクに乗ったまま流されていくおじさんの姿が消えない」と悩む子どももいました。
八木さんは2012年、神奈川・葉山のトライアスロンに子どもたちを連れていきました。受入は、葉山から女川に通っていたボランティアのメンバー。前は大好きだった海。でも泳ぐのが恐い。思い切って海に入り、必死に泳ぐ彼らの周囲には大人たちがいて、手を出さず見守っていました。見事泳ぎ通した後に言ったひとこと。

「震災の後、がんばれ、がんばれって言われ続けた。でも、俺、がんばってたつもりなんだ。これ以上どうがんばればいいのか、前に進めって言われてもどうすればいいのかって思ってたけど、今日、自分の力で必死に泳いで、やっと前に進めた気がした」。

「家が無くなってればよかった」悲痛なつぶやきの子どもたち
ちょうど進学時だった子どもたちにもさまざまな影響がありました。家が全壊し仮設に移動した家庭では生活再建支援金はじめ、さまざまな支援が活用できます。しかし同じようにコミュニティの消失や生活の不便、失職など震災による被害を受けていても、家が残っているとこれらのうち受けられる支援は限られるのが現状です。

八木さんの知るある女の子は、震災時に中学3年生。高校には進学しましたが、親は震災で仕事を失い、彼女を大学に行かせることが難しくなりました。彼女には夢があり、勉強したいことがあったけれどあきらめて就職することに。しかし、ほどなくして会社を辞め、今はほとんど自宅に引きこもっているそうです。

震災のために夢をあきらめなくてはならなかった。全壊なら奨学金も受けられるのに。生きる希望もなくしている彼女は「家が無くなればよかったのに」とつぶやきました。働く気力も持てず、ひきこもっていることを家族に申し訳なく思う毎日だそうです。「消えてしまいたい」ときおりSNSに書き込む彼女のつぶやきに胸が痛みます。
道路や施設は建て直すことができる。でも心の再建ができず立ち止まっている人びとは東北の各地にいるのです。

「人を支えるのは人」人とつながったから前に進めた“うみねこ”
コミュニティスペースうみねこのみんなはなぜ、笑い合えているのだろう。なぜ、前に進めているのだろう。八木さんは「助けてくれる人がいたから。人とのつながりが次の出会いを作ってくれて、何かあると手をさしのべてくれる。心を寄せてくれていると思える人がいることが、私たちの力になっている」と話しました。
今、八木さんは七ヶ浜の団体に通い、うみねこで行ってきたノウハウを伝える試みもしています。これも、自分たちができる人とつながることと八木さんは話します。そう考えると、心の再建に苦心している人びとに寄り添い、つながるという形で神奈川の人間にもまだまだできることがあるのだと思います。

当日の質疑応答(一部)
Q.前半の報告にあったように町の中心部は復興が進んでいるが、女川の人たちの気持ちはそのスピードについて行っているのでしょうか。

A.方向性が決まって工事が早くから始まったので、この数年は常に大型ダンプが行き来している状態です。中心部のかさ上げでどんどん風景も変わっていきます。住んでいる人たちは、そのスピードに着いていこうと努力をしているところ。

Q.駅前のあのオシャレな商店街、違和感はないか?

A.正直、あります。ここはどこの町だろうと思うときはある。
だけど、もうそういう風に進んできているし、できたものなんだから、その中でいいところを見つけようと思っています。
あの大きな駅、屋根が三角になっていますが、あの三角の合わさったところの窓から朝日が見えるんですよ。
お年寄りに「すごいね、あそこから朝日が見える駅なんて、ないよね」と声を掛けたりしています。
そうやって、いいところを見ていこうという気持ちでいます。

Q.今、私たちができることは何でしょう?

A.今、苦労していることを包み隠さず言うと、団体を運営する資金は大半がまだ助成金を利用しているんです。助成金は先払いではないため、人件費を前払いしなければならない。このやりくりに苦労しているのは事実。
(ゆめハウスには会員制度があるのでは?)
はい、個人は一口3000円の会員制度を作りました。

このあとは、女川の海産物を中心としたフードと日本酒で3テーブルに分かれて懇親会へ。
八木さんは3テーブルを移動し、参加者全員と話す機会を持ちました。

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ある参加者の方が「5年間なかなかできる機会がなかった。今日の話を聞いて、これからできることをしていきたい」と感想を寄せてくださいました。
アンケートでは「本音の話が聞けた」「復興に乗り切れていない被災者の話を知ることができてよかった」「報道でも、自分が実際に行っても見える変化は同じで“表面に見える建物の変化”でない部分のお話が伺えてよかった」といった感想が寄せられました。

みんなで女川を訪れましょう!それが現地の力になります。
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今回は30名余りの参加者がありました。ほとんどが女川に行ったことがある、八木さんと会ったことがある方たちで「その後の女川」を知りたいという気持ちで足を運んでくださいました。
たくさんのご参加ありがとうございました。

懇親会のメニュー
プチ揚げカマ(高政)
リアスの詩(マルキチ阿部商店)
塩辛(ヤマトミ)
ホヤ一夜漬け(水月堂物産)
干し牡蠣(水月堂物産)
丸干し鱈
鱈の赤ちゃん
花小エビとゆずこしょうゆ(一社石巻元気復興センター)で仕上げたサラダ
たこ飯※たこの柔らか煮(岡清 使用)
女川汁(YK水産 サンマすり身 使用)
ゆめハウスのイチジク黒蜜煮 ヨーグルト添え


【お酒など】
・日高見 純米山田錦 生
・日高見 芳醇辛口純米吟醸 弥助
・墨廼江(すみのえ) 純米吟醸蔵の華
・一ノ蔵 特別純米酒
・シーパルちゃんラムネ(女川観光協会)
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