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「平成16年(2004年)新潟県中越地震」
10月23日17時56分、新潟県長岡市はマグニチュード6.8の地震に襲われました。震源直上の川口町で最大震度7を観測。本震発生後2時間の間に3回の震度6(弱が1回、強が2回)、地震発生日に計164回の有感地震が発生するなど、群発地震が頻繁に起きました。
この新潟県中越大震災で、家屋の全半壊はおよそ1万7000棟、68人が亡くなっています。道路損壊やがけ崩れも多発し、土砂崩れの犠牲になった人も多く、母子3人が取り残された車内から2歳の男の子が救出されたニュース映像を覚えている方もいるのではないでしょうか。

中越メモリアル回廊」は、新潟県中越大震災のメモリアル拠点(4施設、3公園)を結び、被災地・中越地域をそのまま情報の保管庫にする試み。今回、この中越メモリアル回廊を巡って、防災教育について学んできました。

2/29 「長岡震災アーカイブきおくみらい

震災の教訓を発信しているメモリアル回廊の中心的施設。まずは15分程度の震災時の映像鑑賞。そのあとは床一面被災当時の航空写真を見学し、iPadを使用した震災学習を体験。地図上にマークがあり、iPadを利用して情報を見ることができます。「その時どこで何が起こっていたのか」「どうなったのか」等、膨大な情報が集約されていました。小中学生が学びに来ることが多いとのことで、iPadでの検索は楽しく、たくさんの知識を得ることができます。

その後、関谷さんと新潟県の事業として実施している小中学校での防災教育について意見交換。新潟県では平成23年度~26年度で、「新潟県防災教育プログラム」を作成(片田教授監修)し、27年度から研究指定という形で学校に取り入れている。県域で展開する上での難しさや課題を共有しました。共通点としては、①プログラムを作っても防災教育の必要性を教員に理解させるのが難しい。②手上げ方式(希望する市町村で実施)だと政令指定都市に偏りがち。(政令指定都市は決断が早い)。相違点は、新潟県には原資があること。原資は中越地震の義援金。

午後は、「やまこし復興交流館おらたる」へ。
筑波さんに案内していただき、途中で車窓から「妙見メモリアルパーク」を見学しました。2歳の男の子が救出されるまでが報道で取り上げられた大崩落した場所です。長岡市街地から近かったこと、全てではありませんが被害者追悼の祈りの場として残されていることに驚きました。
「やまこし復興交流館おらたる」では震災当時小学生だったという山古志出身の20代の青年がガイドをしてくれました。道路が寸断され、全村避難をした地域で、彼もヘリコプターでの避難経験者。土砂崩れで川がせき止められ、新築間もない家も水没。錦鯉、闘牛、「帰ろう山古志へ」のスローガンで有名。仮設住宅暮らしは最長で3年2か月になったとのことです。ここには「地形模型型シアター」があり、高低差がよりわかる映像を見ることができます。1階は料理教室が開かれたりする地域の交流の場でもあります。やまこし復興交流館おらたるに着くころには本格的な雪で、見学終了時には真っ白な世界が広がっていました。

降りしきる雪の中、「木籠メモリアルパーク」も案内していただきました。写真では見ていましたが、水没している家々は衝撃的です。忘れてはならない痛みを伝承するために、震災の傷跡そのまま残されています。

最後は震央に近い「川口きずな館」へ。ここには年表形式で復興への歩みを見ることができます。そして、ボランティアの人々との交流「川口の5000人の絆」が編纂されており、冊子とiPadで読むことができます。

大震災を通しての人と人との出会い、つながりが復興にどのように役立ったのか等、多くの絆が生まれ育った様子がわかります。様々なイベントも開催される場ですが、貸切にしないそうで、新たな出会いの場にもなっているとのこと。震央に建てられた初代標柱が保存されていました。スタッフ研修で使用する映像資料を特別に見せていただきました。震災を経験した若者をスタッフとして雇用し、彼ら自身の言葉でガイドができるよう丁寧に研修を重ねていることが伝わってきました。

中越メモリアル回廊の特徴は、メモリアルパークとして震災当時のまま現場を数多く残していること、また、各館コミュニティスペースとして利用することで、震災遺構だけでなく現在の地元の人の交流の場として機能しています。

3/1 晴れ間が出たと思ったら吹雪く、という天候の中、「おぢや震災ミュージアムそなえ館」へ。
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地震発生から3時間後、3日後、3か月後、3年後という区切りで展示されています。体験談と教訓が集められていて、体験から学ぶ防災学習施設です。こちらの施設でも20代の青年が丁寧に説明してくれました。
17:56シアターでは、直下型地震の恐ろしさ、一晩中続いた余震の恐ろしさを体験できます。次は3時間後の部屋。朝になり、どのような被害があったのかを目の当たりにできます。被災したアパートの一角をそのまま移設した展示もあります。3日後の部屋では、さまざまな避難生活の様子、行政や市民の動き、ボランティア活動の様子がわかります。3か月後の部屋では、仮設住宅での様子や生活再建へ向かう様子がわかります。3年後の部屋は、現在の様子を見ることができます。最後に地震動シュミレーターを体験しました。阪神淡路大震災の揺れから東日本大震災の揺れまで体験できます。起震車どころではない揺れに驚きました。
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折しも訪れた各施設では東日本大震災関連の展示もなされていましたが、同じものはなく、それぞれのテーマで工夫がされていて、見ごたえがありました。
それぞれの施設を巡り、新潟県中越大震災の記憶と復興の軌跡を学ぶことによって、実像に触れることができました。そして、震災復興から生まれた膨大な物語の一端を知ることができました。

今回の出張では(公社)中越防災安全機構の取り組みを伺いました。小中学校への防災教育に取組み始めたところで、目指す方向性は私たちと同じであることを確認しました。2015年度実施した「防災教育ファシリテーター養成講座」を参考に、新潟でも人材育成講習を企画予定とのことで、今後も情報交換しつつ、協力しながら取り組んで行きたいと強く思いました。